2012年1月27日金曜日

山は忘れずの山(雪の不忘山をワカンで歩く)

 もう十数年経つがある事件に巻き込まれ、それに関連した対応を説明するため、中央省庁等に毎週通った。新幹線で仙台を離れ白石近くになると不忘山が現れる。何とか耐えてこいと白い気高い不忘さんが励ましてくれる。その励ましのお陰か苦しい打合せや会議などにも対応にできた。帰りは、真っ暗な中、不忘の山に今日も何とかなったと、心の中で感謝した事を思い出す。


さて不忘山の名歴史は複雑で、白鳳8年(679年[1])、大和国・吉野山から役小角が蔵王権現を
現在の不忘山(宮城県側)に奉還し、周辺の奥羽山脈を修験道の修行の場としての「蔵王山」と称したとか。その後不忘山名は今の刈田岳の名称になったり、明治の神仏分離令により再び刈田岳の名が戻り、宙に浮いたかっこうの不忘山が阿武隈川に最も近い南端の山頂に落ち着いたと言われている。別名御前岳は屏風岳の前にある山であることから名付けられたようである。

今回は、堂木沢山と同じくY講師、S先輩と我々7名であこがれの冬の不忘山を歩くこととなった。
不忘山雪山参加パーソン

コースは白石スキー場からクワッドリフトと第2リフトを乗り継ぎ降りたところを出発点とした。出発して直ぐ不忘山からコガ沢(大沢)に沿って東に伸びる尾根を意識しながら、その尾根の東南に広がるスロープを余りうるさくない藪をこぎながら進む。その後、前述の尾根に取り付き、B29の慰霊碑の上で、硯石からの登山道に合流し、山頂に達するもので、帰途は登りのコースを下り、リフト終点の登り口を過ぎ第2リフト南側のゲレンデ斜面をくだり、センターハウスに至るものであった。
気象状況の変化を考慮し、灌木がある所には赤布を、雪原となる所には笹を差し込み帰途の折りの目印とした。
頂上近くの尾根を笹を刺しながら進む
不忘山頂上直下の登り


今回のルート軌跡

コースタイムは、第2リフト終点出発点9時20分発→9時57分標高1200m→11時25分標高1500m→12時27分着 頂上12時40分発→13時03分1499m着昼食発13時18分→14時27分リフト終点登山出発点→15時3分センターハウス戻り。
登り標高差567m水平移動距離2.7km、下り標高差856m水平移動距離5.7km。山行形態はカンジキ着用、天候は曇り、積雪はスキー場で1.1m、雪質は粉雪。




 実際歩いたコースをGPSの記録により示した。








雑感
蔵王連邦最南端にあって素晴らしい眺めとアルペン的で高度感のあるこの山には冬季を除き何度か訪れた。これまで、雪山歩きの技術も知識もなく、残念ながら冬の不忘山は眺めるだけの山であった。今回、Y講師に企画とガイドをして頂き、また堂木沢山でも御世話になったS先輩・同行のメンバーの導きで何とか頂上に立つことができた。感謝である。
不忘山頂上で(案内標識にエビの尻尾)

少し賢くなったこと
山の散歩で道迷いは、極めて危険である。このためコースで特徴的な木々や岩を記憶する。樹林帯を歩く場合は赤布を帰途発見可能な様に付ける。しかし、雪に原になるような所や赤布が付加出来ない。その様な所には笹を雪面に刺して目印とする。今回は雪山歩きの基本の一つを学んだ。