2012年12月30日日曜日

はるか古代(奈良~平安時代)から地域を繋いだ街道と笹谷越えの目印 シシナゴ山を歩く


羽前街道の説明案内板
12月18日は、グループの忘年会を夕方企画しておりましたので、講師には出来るだけ
近場の山歩きの企画をお願いしておりました。
講師は、11月の吉岡と銀山を結ぶ最上海道に続き、奥州街道白石市北の蔵王町宮から北に直進し川崎町経由して笹谷峠を越え山形市に至る街道歩くコースをとされ、今回は蔵王町花町(猿鼻宿)から、四方峠、村田町の町堺を経由し川崎町槻木至る内容とされました。


 この街道は古来から行政や軍事上の重要路で、文治5(1189)年におきた奥州藤原氏と鎌倉軍との合戦(文治の役)が戦国時代にも、伊達家や最上家が兵を動かすのに度々用いられたと言われています。江戸時代には、羽前への品物をやり取りする商人や、出羽三山参りの旅行者がこの道を利用したとのことです。

復元羽前街道に設けられた柵

現在は廃道になっていたこの道を「羽前街道保存会」や行政が整備して、車が通れる位の立派な道になっています。

県道47号から羽前街道の入り口

従って復元された道は、緩やかで距離も6km程度で高齢者や子供達も苦労なく歩けます。


四方坂の標識(江戸へ百里、笹谷へ五里と記されている)


街道から見上げると


街道途中の毒清水の標識



毒清水付近を歩くメンバー





神秘的な黒滝不動尊



川崎町の県道47と街道が交わる一里塚


コースタイム:8:37羽前街道(花町)発→9:25四方峠→ 9:39四方峠展望台→ 9:42四方峠発→10:27村田ダム上流林道交差点10:47→11:10黒滝不動尊(昼食)11:36→11:54県道47号線出合い

今回歩いた羽前街道の軌跡

天気は、晴れ時々曇り、参加者は講師も含めて10名。

 12:54シシナゴ登山口→13:10シシナゴ山頂13:22→シシナゴ登山口
シシナゴ山を歩いた軌跡



見たら忘れられないシシナゴ山

 山形自動車道が宮城県川崎町から山形市に向かう奥羽山地に入る所に、北に泣き面山、南にシシナゴ山が見張りをしています。山形自動車道や国道286がここから山岳道となり急勾配と急カーブとなります。両山で特にシシナゴ山はその形を一回でも見れば忘れられない山で、学校で習う数学(幾何学)の教科書の図そのものが現れた様な姿をしています。
この山は、一見するとかなりの急勾配を歩かねばと思われますが、林道が標高450mの登山口まで整備されており、実際の登山道は標高差100m程度それも登りやすく急坂はほとんど無く、2次林の雑木林を歩くハイキングの延長となっています。

シシナゴ山登り口でメンバー

登山口は立石山の北側と東側の林道が分岐する所にあります。道は気持ちの良い雑木の林の中に付けられています。登りは少しショートカットして登山路の反対側から薄いやぶを歩きました。
雑木林を登る
頂上でのメンバー



泣き面山を望む
頂上からは北側の泣き面山が見られましたが、二口山系の仙台神室・山形神室などや高い山や蔵王連峰は雪雲の中でした。


 雑感:
 平成24年も今日と明日の2日です。色々山の散歩をしました。
 ①やっと雪の里山に出かけてその魅力に改めて感動させられました。スキーは長年してきたので、雪山の静かな中に凛とした空気は知っていましたが、一歩一歩ゆっくり歩くと、それとは違う、もっと崇高な感じがしました。来年25年も出来る限り雪の山を歩きたいと思います。
 ②夏は何とか大朝日岳など連峰の一部を歩きたいと、そのためのトレーニングを兼ねて蔵王連峰を南の硯石から北の笹谷まで歩きました。7月の企画は天候不順のため遂行出来ませんでしたが、9月末に遂に大朝日岳山頂でご来光を仰ぐことができました。
 ③加えて、蔵王連峰では、中央蔵王のかもしかコースや五色岳経由のお釜一週も出来ました。

 平成25年は健康で怪我等のない安全な山の散歩を続けたいと思います。講師はじめグループの皆様、関係者の皆様よろしくお願い致します。
 






2012年12月15日土曜日

蕃山・行き止まりの道を散歩


蕃山は最近毎月のように散歩している気軽に歩いている山です。
この山には種々のコースがありますが、殆どは国道48号線から稜線に向かって急坂を登るコースと東西に伸びる稜線の末端にある大梅寺や団地の錦ヶ丘からのコースが主なものです。各種の案内書やWebの記録にもそのコースのみの掲載です。
 
 先月末に仙台西市民センターの自然観察会グループで西蕃山から蕃山そして西花苑を歩いたおり、蕃山の開山堂前で蕃山を知り尽くされたと話をされていた登山者が写真にある案内標を前にしながら、南に行くコースは行き止まりで、ありませんと他の登山者に話されておりました。
開山堂前今回のコースへの下り口の標識

 本当にそうなのか、手元には「蕃山自然観察トレッキング及び周辺略図」と記載された略図がありますが、開山道から綱木への破線があります。また、種々の方からもコースがある
と聞いておりました。
 開山堂で偶々休憩時間が20分ほどあったので、行き止まりの道を調べることにして、出発しました。下り口は急ですが、その後はなだらかになります。少し歩くと笹の中に入り、歩きにくくなりますが、踏み跡は辿れます。また進むと疎らな雑木の林となります。ここまでは踏み跡は辿れたのですが、その後分からなくなってしまいました。時間が10分経過し戻らなければならず、この日は諦めることにしました。ただ、再度歩けば道は見つけられると確信しました。

 出発は県道31号仙台村田線の茂庭松倉にある公益財団法人日本盲導犬協会仙台訓練セター
付近です。
県道から入り口の状況:奥中央の丘陵を登る

センターのの南側の舗装道路から西に進みます。数件民家がありますが、道は舗装が途切れ、程なく砂利道に変わります。暫く西に進むと北西に沢に降りてゆく林道の分岐があります。
分かり難いが右側を沢に降りる道を進みます

其処の分岐を北西に進み、沢を渡ります。以外に水量はありました。
沢を渡ります

林道は直ぐ東に登り北に下りますが、方向を変える地点に尾根の端があります。ここが登り口で雑木に巻かれたピンクのテープがあります。
尾根の登り口にピンクのビニールテープが付けられている

 ここから急坂が始まります。標高で40m程登ると少しなだらかになります。西側対岸の尾根には立派なモミの木の林が見られます。それらのモミは西蕃山奥の「百年の森」にあるモミより素晴らしいと思えます。
隣の尾根のモミ林

 その後再び急坂が始まり、標高差で100m登ります。この辺には、ピンクのテープは見あたらなくなります。尾根には岩そしてモミやイヌブナの幼木が目立つようになり、踏み跡は分かり難くなります。帰途道迷いしないため、赤布を要所に付けました。
急な尾根の木々
急坂の終わりの尾根

そのうち、急坂からなだらかな雑木の林になると踏み跡の近くにコンクリートの杭が設置されており、近くの木にはピンクのテープが巻かれております。
境界杭が

さらに進むと先日調べに歩いた踏み跡に出ました。
開山堂手前の丘陵の雑木林
コースタイム:
10:39盲導犬訓練センター南 発→10:53林道分岐→10:55尾根取り付き口→11:43開山堂11:47→
12:26尾根取り付き口→盲導犬訓練センター南
GPSルート軌跡

天気:晴れ 行動者:筆者1人

 このコースは、急坂が続くものの危険な所はなく、一つの尾根を歩くことから道迷いも少ないと思われます。ただ、麓に駐車スペース無いことから利用しづらいことがハンディーかも知れません。

2012年12月1日土曜日

再度のアプローチも実らず奥新川岳は遠い


 2012年11月27日は昨年より5日遅れての奥新川岳の挑戦となりました。しかし、天候は同じ様で、前日寒冷前線が通過し、西高東低冬型で仙台も初の降雪があったようです。勿論、作並・奥新川付近の山々は降雪で白くなっておりました。
奥新川神社でのメンバー

 今回は道を間違え中途での引き返えした昨年の記録を踏まえて、今年度はGPSを参照しながら、歩きました。三の沢林道入り口の標識は昨年あったのですが、今年はありません。注意が必要です。
昨年の三の沢入り口の標識
今年の三の沢入り口の標識は無くなっています
    
三の沢を渡って急な九十九折りを登る講師

間違えた分岐までは昨年同様でしたが、其処から右には曲がらず直進しました。

荒れた林道を進む

 しかし、林道は倒木があったり、踏み後が不明瞭となるところもあり、かなり荒れている感じがしました。
伐採されシダで覆われた斜面を登る

沢沿いの道から伐採がされた林に進むと、腐食している間伐材とシダが繁茂しており、道の判別がより難しくなり、さらに進むと笹と灌木の藪となり道は認識出来なくなり、GPSと周囲の状況を見ながら進むこととなりました。

 それでも暫く進むと奥新川岳から東南東方向に延びる尾根に達しました。そこから地図記載の林道への方向に進み、高倉林道に合流することが出来ました。
尾根乗り越え点のブリキの標識

 そこから、トラバース気味に進み奥新川岳を取り巻く地図にはっきり記入されている林道に合流したいと考えたのですが、トラバースしている道は古い崩壊跡を越えたり、笹の中に消える悪路となり、降雪の状況も見て、今回も断念し引き返すことになりました。
今年も残念ながら引き返す
雪の中参加メンバー

 来年再度挑戦する課題にしたいと思います。
それにしても、この林道を歩く人が少なくなっているようです。
コース時間の記録は次のとおりです。
 8:31奥新川駅前発→8:40奥新川神社→ 8:53三の沢高倉林道入り口→11:02尾根取り付き(昼食
)→11:30尾根乗り越え点→12:02引き返し点→12:49尾根乗り越え点→14:21奥新川駅前着

歩いたコースの概要


参加メンバーは講師を含め9名でした。

参考までに以下に昨年度奥新川岳への記録を並べます。

 21日から西高東低冬型の気象が続き、22日近くの山々には今期二度目の降雪がありました。登山予定は、仙台と山形を結ぶ仙山線奥新川駅近くの登山口から高倉林道をとおり頂上へ登るコースでした。
 駅や近くの遊歩道には特別な案内標識がないため、当日はまず登り口を探すことからはじめました。
  登山口は仙山線を南に越し、10m程山形側に歩き南沢三の沢口から入るのですが、案内板は右岸側の確認しづらい場所にありました(写真は本来の支柱の戻し て撮影してます)。国土地理院の地図にはルートは左岸に記載されております。砂防堰の前で沢を渡り左岸の急な九十九折りを登ります。その後も標高470m までジグザグに高度を稼ぎ、そこで道は二つの分かれます。地図には直進するように記載されていますが、右に折れ更に九十九折りを登り尾根を越し南東に更に 500m進みました。積雪は10cm、雪質は締まっておりました。しかし、標高650mの地点で参加者全員軽アイゼンを装着しているものの、標高が更に上 がると積雪が増加すること、登山道が崩落していることも認めたことから引き返すこととしました。帰途、地図にルートが示されているコースも少し調べまし た。今後更に情報を集め再度挑戦しましょう。

2012年11月26日月曜日

古の旅人の心を想いながら晩秋の最上海道を辿る




 今回の山行は、宮城・山形県の中北部県境近くの魚取沼を国道347号から目指すこととして、天候等の条件により、第二案は国道347号から林道を通り吹越峠経由し吹越山(出羽峠)を目指す、第三案は、同じく国道347号から南側の林道を軽井沢沿いに登りそこから軽井沢番所跡と経由して、天池、銀山入り口往復するとされました。
 しかし、国道347号は漆沢を過ぎた付近で柵が設置され、通行止めとなっておりました。このため、急遽、漆沢の部落にある山ノ神の西側からの最上海道を歩ける所まで歩くことに変更となりました。
 
 出発時の仙台の天気は、晴れておりましたが、加美町に入る頃には船形山方面は鉛色の雪雲がかかり、小野田を通過する頃には綺麗な虹も見られました。漆沢の部落では小雨、歩いている途中は雨、薄日がさしたり、みぞれ、雪、あられなど目まぐるしく変わる不安定な状況でした。気温は国道347号の表示では4℃となっていました。
最上海道(街道)の案内板

海道入り口近くにある山神社

 最上海道軽井沢越えは、宮城県大和町吉岡を起点として、宮城県色麻町、加美町小野田下町、加美町原町宿、加美町漆沢宿、加美町軽井沢を経て山形県上野畑・延沢宿を通り雄花沢に至る道で、主なところは、近世期に栄え人口が万を数えた延沢銀山、関東・東北の広くから信仰を集めた出羽三山、最上川の舟運で栄えた大石田などと仙台藩を結んでいたようです。
 
                                                                                                                        
最上海道入り口
さて、海道の入り口は、漆沢集落北のはずれにある山神社西側にあります。暫く沢沿いの道を辿り、つづらのの登りを経て尾根にたどり着きます。道は立派で、気持ちのよく整備された二次林の中を進みます。昔からの道なので、尾根を跨ぐところには切り通しを設けられており、歩きやすく設定されています。
最上海道2次林を快適に歩く

  途中急坂もありますが、約1時間程度(ある書物には30分と記載されていますが)で高畑峠を通過します。峠には「湯殿山」や「高畑大明神」の石碑が見られます。
高畑峠の石碑

高畑峠でのメンバー

 この後暫く尾根上の上り下りの道が続き、約1時間で柳瀞からの林道と出合います。標高が少し高くなると、小雨は雪に変わります。そこから少しで、最上海道の案内標識がある広場に着きます。ここで食事です。
林道の合流点付近の案内板

 案内標識がある広場から25分ぐらいで明月清水を通過して40分弱で軽井沢番所跡です。
軽井沢番所跡でのメンバー
軽井沢番所跡から銀山へ葦の中泥濘の道

天気も良くないし、帰途の時間も気になるのか、行動時間を30分とされました。さらに海道を銀山方向に進みますが、番所跡付近からは沢が入りくみ、道は泥田状態です。
道の泥濘状態

さらに小さな沢を渡りながら歩きましたが、道も判別し難く15分程度の行動で帰途につきました。
雪の最上海道


GPSによれば全体の歩いた距離は17.6km、標高差は420m程度でした。歩きの速度は、案外速く時速3から5km程度と推定されます。この歩行速度からも、この海道は大変旨く作ってある道といえます。ただ、番所跡からの道は種々記録を見ましたが悪路で分かり難いと記されております。

コースタイム:
8:58最上海道入り口→10:06高畑山通過→11:11柳瀞からの林道出合い→11:16案内標識前昼食11:34→11:59明月清水→12:12軽井沢番所跡→12:31最終点(N38 33.702 E140 34.127)→12:50軽井沢番所跡→13:43柳瀞からの林道出合い→14:39高畑山通過→15:15最上海道入り口
歩いたルート

メンバー:講師、他6名

雑感:最上海道については、本田一郎著作の 「甦れ「最上海道」 : 軽井沢越え仙台道 六十里越街道 湯殿山参詣古道」があるようで、詳しくはその図書をご覧頂きたいと思います。

2012年11月17日土曜日

晩秋の錦を纏う大土ヶ森(文字富士)を歩く


観察広場から大土ヶ森を望む

 大土ヶ森は栗原市の栗駒文字地区にある文字三山の一つで、栗原では文字富士と呼ばれていると案内書に記載されています。登路は細倉マインパークから林道を西北に10分ほど車で走った所からはじまります。
登山口の案内板前でメンバー

 大土ヶ森の近くには大変紛らわしいのですが、旧一迫に大土森があり三角錘形の山もあります。大土山森には登路は無いようですが、大土ヶ森と同じく鉱山があったようです。
 『昔、文字の大土ヶ森と長崎の大土森が喧嘩をした時、大土森の投げた石が大土ヶ森まで届かずに手前に落ちて石ヶ森が出来た。』と民話に語られ両方の山に関係が無いわけでもない様です。
 これらの山は第三紀の火山岩頸とされ、周囲に比して尖った目立つ姿となっています。
コースについては、種々のレポートと案内があり改めて記載は必要ないと思います。

今回歩いたコースと時間は、次の通りです。

大土ヶ森で歩いたコース
大土ヶ森登り口9:18 → 9:47観察広場9:59→クマ落とし坂分岐10:05→10:12大兔岩10:20→
10:28はなこすり坂調整10:39→10:46大土ヶ森山頂11:38→いっき坂終12:04→渓流コース分岐
12:21→12:51DSAFE訓練13:35→13:56大土ヶ森登山口
赤松林の道





クマ落とし坂を登る


このコースは、赤松林の緩やかで気持ちのよい道を歩き、その後急坂を上り、見晴らしのよい
山頂で
櫃ヶ森と中ノ森を望む

山頂、そして急降して、再び緩やかな道、最後に渓流に沿って下ると言う、コンパクトながら種々の変化を楽しめるものです。
渓流沿いの道でDセフ講習

案内標識は良く整備されているのですが、クマの被害が見られ、特にクマ休み場では標識が粉々になっておりました。

歩いたのは2012年11月11日、天気は薄曇りで時々薄日が漏れる状態でした。目当ての栗駒山は低い雲の中で見ることはできませんでした。ただ、文字三山の2つの山は拝むことができました。
メンバーは講師も併せて5名でした。