2012年10月30日火曜日

蔵王の秘められた山「馬ノ神岳(1551m)」を歩く


 馬ノ神岳の山名由来を少し調べてみましたが、良く分かりません。
ネットからは①七日原の開拓期は馬の産地であったのだろうか? 牧場の上にある目立つピークを馬の神にしたのか? 遠刈田温泉から一望できる、真っ白い馬のたてがみの如く伸びた東尾根の雪稜を見て、「馬ノ神」の由来となったと考えている推論や、②白石方面から眺めて馬の背に見えるからなどです。
 形から由来は分かるのですが、名に神がついているいることを考えると昔の民間信仰の中で農耕馬の守り神「馬頭観音」を祀った山。それからその名がついたのかも知れません。山頂にその痕跡があればと期待されますが。

一方、林木育種センター 東北育種場 織部 雄一朗によれば、DNA分析による研究結果から、馬ノ神岳のカラマツをカラマツの変種(ザオウカラマツ)として扱うとし、その保護がなされております。登山道はその観察路として整備されていると聞きました。従って頂上までの道の整備はされなかったようです。

 さて、今年2012年の蔵王の山の散歩は1月の不忘山に始まりました。
4月の後烏帽子岳、7月には南蔵王縦走、かもしか尾根から熊野岳そしてお釜と五色岳、9月には北蔵王縦走などです。
 レビューすると蔵王連峰で、宮城県側に残されている主要な山は、水引入道と馬ノ神岳となりました。そこで、講師に秋山沢の紅葉狩りを兼ねて両方を一日で歩く企画を願いました。

 ところが、前述のとおり馬の神岳に登る道がなく、勿論水引入道との間は藪漕ぎの他は通過する方法はないとのことでした。
 それでも、講師は情報を集め分析したところ何とかなるとの結論を得て、登山が企画されました。

しかし、登山当日は、低気圧に伴う前線が通過し悪天候となると予想され、当日現地での種々検討の結果、水引入道へのアプローチは諦め、馬ノ神岳を歩くことになりました。

白石スキー場駐車場端の案内板
神嶺林道から白萩林道へ分岐の案内

 車2台で白石スキー場から神嶺林道を北上し、1台は水引入道からの下山口に止め、1台は更に白萩林道を通り馬ノ神岳の登山口までゆくことになりました。

 ところが、白萩林道の途中から路盤が洗掘され深い溝があり、やっと登山口に辿り着ける状態でした。

登山口前の駐車スペース
北限のカラマツに関する説明板

 登山口にはやっと2台の乗用車が止められるスペースがあり、植物群落保護林 馬ノ神岳カラマツを示す立派な看板があります。道はこの裏側から始まります。
 天気ははじめ風が強いものの曇りで、雨は降っていませんでした。
紅葉の中から後烏帽子を望む

 時折木々の間から錦をまとった後烏帽子が見え雄大さとブナ林に心が癒されます。ゆっくりと里山の散歩道が続きますが、30分位で田代沢の上流部に着きます。
登山道から田代沢

 沢を渡って直ぐに道はつづらとなり、急坂となります。道は刈り払いはなく、笹に埋もれており歩き難い状態です。8月に登った川桁山に似た感じです。雨の降ってきて、急いで雨具を装着しました。
休みも合わせて約1時間15分ぐらいで尾根の上の広場にでます。
登山道の終点・尾根の上の広場

道があるのはここまでですが、西の方に赤テープが低木に付けられています。勿論藪の中で道はないのですが何としても山頂に行きたいと思い、その標しをたよりにチャレンジしました。
赤布を着けて藪を漕ぎながら頂上へ

 藪こぎは、予想よりは楽で標しを追いながら進み頂上付近に着くことができました。
頂上付近のメンバー

 しかし、その付近には何の標識もありません。天気の良くないし、写真だけを撮って戻ることにしましたが、今後のためと思い、水引入道へのルート調査をしたいと考えて、少し水引入道方向に移動した。そうしたら足下に頂上を示す木の標識が地面に埋まった状態で見つかりました。そして、よく見るとその近くに簡単な小さな標識が見つかりました。
土に埋まった頂上標識と下側の小さな標識

それに、その付近でアオモリトドマツと思って写真を撮りましたが、林木育種センター 東北育種場 織部の林木遺伝資源としての北限のカラマツ-馬ノ神岳カラマツ天然林についての報告を見るとどうも北限のカラマツではないかと思われました。
もしかして北限のカラマツ??

一方、馬頭観音さんが祀られていた痕跡は分かりませんでした。今後・・

下山は、雨で滑る上に倒木など歩きにくい状況で、何度か転倒してしまいました。
帰途林道の荒れに改めて何とかならないかと思ったところでした。

コースタイム:2012/10/23
8:48白萩林道奥の登山口→9:23田代沢出合→10:37登山道の終点・尾根の上の広場→
11:01馬ノ神岳山頂→11:25着 標高1474 m付近昼食11:39発→12:33白萩林道奥の登山口

メンバー:講師、受講者 計8名
天気  :曇り時々雨

馬ノ神岳散歩ルート(登山口まで車)
1

2012年10月17日水曜日

紅葉前 大倉ふるさとセンター近くの里山・石山を歩く

 今年の紅葉は遅れているようです。大倉ふるさとセンター付近の山々は
まだまだ緑のままです。
 何時も年であればと思いながら、この様な状態の自然を観察するため
集まったメンバーは、10人の参加者と市民センターのスタッフ2名、
そして今日の講師は有名なセンター長の小林先生です。今日歩くのは、
地図のついた資料のとおり、石山であることを示されました。
大倉ふるさとセンターから石山を望む


はじめに、講師から今日の観察路についての注意があり、記念写真を撮って出発です。
自然観察会参加メンバー

大倉川右岸の道路を600m程北に移動します。そして猪よけの柵の扉を開いて
大倉ダムの採石場の上を目指します。
道ばたにはノコンギク咲いていましたが、それより気になるのがきのこです。
種類は種々ありますが、私有地ですのでご想像下さい。それに、アケビ、マタタビ
が熟しています。
はじめの広場で休憩


最初の休憩は坂を登りきった広場、その後採石場の上部に移動しました。
そこからは、南の方向の眼下に大倉ダムが見られます。
採石場所の上部から大倉ダムを望む


 尾根の登り口に栗の木があります。落ちている毬栗は殆ど殻のみですが、
木の上の方には熊だなが見られました。
栗の木の熊だな


 が鳴りました。熊対策の鈴の音に加えて五月蝿い山歩きとなりましたが、
十分に警戒しないと、この様な場所は歩けないようです。
ピーク近くには三角点があります。深く埋まっているので、掘られている文字
は読めませんが、直ぐ近くに木製の標柱があります。
三角点と標柱

地図には赤岩と記されております。途中岩の場所がありますが、赤い色と認め
られません。この山の正式な名称は、石山でしょうか。また赤岩でしょうか。
少し調べる必要があります。
錦になる前の林を歩く

頂上を少し下った所で昼食をして、戻りました。途中ツチアケビが見つかりました。
勿論普通のアケビの実も見られましたが、
ツチアケビ


紅葉前ののどかな里山を満喫しました。

行程 
 大倉ふるさとセンター9:53発→登山口10:04→採石場上10:37→
 赤岩?頂上11:22→下山口12:35

自然観察会のコース

2012年10月13日土曜日

定義十里平から大倉川沿いに森林軌道跡を歩く

 昨年筆者は参加しませんでしたが、講師はこの地域の登山道等の状況調査
をしております。 今年は、調査を兼ねて、2012年10月2日の散歩となりました。

十里平の一番北側に駐車し、そこから、北東方向に大倉川方向に伸びる林道から
始まります。200m程歩き川の手前の比較的広い湿地から90℃方角左へ変え、
山道を進みます。
十里平からの林道に大倉川手前の標柱

林道から大倉川に沿う道に下りる

大倉川側が切れ落ちている所が数カ所ありますが、集中です。
大倉川を見ながら注意

20分程歩くと右側に大倉川に架かる朽ちた橋梁と橋脚が見られます。
トロッコ軌道にあった橋脚と朽ちた木の橋梁

昔はこの橋梁を渡っていたとか。危険なので十数年前に壊してしまった様です。
さらに進むと立派な砂防ダムがあります。
砂防堰

その上流で川を何回か渡渉します。夏には渇水状態であったものが、九月下旬
から増水中で、歩く場所を間違えると膝近くまで潜ります。
渡渉を前にして

渡渉地点の大倉川

そして矢尽沢合流部と戸立沢合流部の中間辺りから急な尾根に取り付きます。
登りの途中にはインクライン(英語の名詞の incline は斜面、勾配の意だが、
特に日本語では「傾斜鉄道」と呼ばれる施設を指す)の名残の鉄製品がさびて
転がっていました。登りきった所には、同じように残骸が見られました。
深野稔生著「宮城産土の山を行く」無明舎出版1999.8によれば、十数年
前まではインクライン終点のウインチ用機械小屋の廃屋があったと記載して
いますが、現在は影も形も見受けられません。
話は続きましが、昨日(2012.10.12)大倉ダムの骨材の石を採掘した石山
トレキングの案内をしていただいた大倉ふるさとセンター長の小林氏によれば
当時は、ブナの大木を積んだトロッコをインクラインから下ろしたとのことで
その大木は今考えられない位大きかった。大倉のブナは世界遺産の白神山より
すばらしかった。今残っていれば船形山は世界遺産になったかもしれないと残念
がっておられました。
少しの儲けのために失った人類の財産は大きかった。
人間社会は賢くなっているのか改めて考えさせられます。
インクラインの残されていた部材

さて、インクラインのところからは北北西にトロッコ軌道跡を歩きます。
トロッコ軌道跡の道

北東から流れる沢を渡る橋の橋脚もはじめて見ましたが木で作られていました。
廃線後年数が経っていることで、所々に崩れた法があったり、倒木が通行を
妨げておりました。途中611 m    N38 24.370 E140 36.547地点に林道との
アクセス道路があり、場所が特定できるようGPSの軌跡がアクセス道の軌跡を
残しています。
そのアクセス道から北に進んだところで、道が荒れて進めなく今回は、ここで引き
返すこととなりました。その近くから大倉川に下り、河原で昼食となりました。
大きな石もある河原でした。
食事場所の大倉川河床の状況

食事の後、対岸に渡渉して、大きな岩の上に石碑があり、八聖山神社と刻まれて
おりました。石碑の下方に明治○○年とあるそうですが、確認できませんでした。
石碑

前出の小林氏によると、この石碑は昔その地点から切った木を大倉川に流して
下流で回収したとのことでした。昔は大木を流せる流量があったとのことです。

今回歩いた昔の大倉コースは、昭和に書かれた「改訂 船形連峰御所山案内」
船形連峰御所山開発促進期成同盟会 1987.5 によれば「山慣れしている人が
辿れるコース」とされています。今回は位置的にはササキ沢分岐手前までの
調査になりましたが、何れ仙交小屋跡まで、昔のコースを確認できればと
講師は思っているようです。

GPSの軌跡上部の細線で囲まれた部分が下の地図
上部の囲まれた部分の拡大図

コースタイム:
 十里平8:30→インクライン跡10:30→林道へのアクセス分岐11:30→
 引き返し点11:57→大倉川河畔休憩食事12:10~12:40→石碑12:50→
 軌道跡道へ13:23→インクライン跡14:09→十里平15:26

天気:曇り小雨  参加者 9名



2012年10月9日火曜日

少し遅い紅葉の栗駒山を歩く

昨日晴天の栗駒を歩きました。
朝から視界も抜群で高速道路からみる山々の稜線のコントラストは
はっきりとして、山頂からの眺望が期待されました。

この時期登山者は多く、いわかがみ平の駐車場は満車で「いこいの村」
に駐車し、バスで送迎となっておりました。
いわかがみ平に着くと登山者が多いのに驚かされました。いつも東北屈指の
紅葉ですから栗駒山の人気は抜群です。
山ガール&ボーイ、子供連れの家族、高齢の夫婦、団体の方々のなど種々グループ
が見られます。

さて、紅葉ですが、いわかがみ平付近は色づいておりません。中央コース石畳の
途中から紅葉が見られ視界が開ける所では少し枯葉状態の葉もありますが、紅葉
しています。
中腹から山頂を望む2012.10.08
東栗駒山方向の錦

ただ、例年と比較すると個人的には、まだ綺麗さが足りないようにも思えます。


山頂の紅葉


頂上からの展望は遮る雲もなく、山頂部の花畑が紅葉していると思われる焼石岳が
直ぐ北に見られ、東には夏油三山、そして早池峰が見られます。
山頂付近が色づく焼石岳

少し歩いて西側には、中腹に雪渓のある鳥海山がはっきりと見られます。そして、
月山、近くには虎毛山、禿岳、神室連峰、南には船形山地の山々が手に取るように
近くにみえます。
大きい鳥海山


この様な好天と素晴らしい視界は久しぶりでした。

歩いたコースは、中央コースの往復です。登りは2時間、帰りが1時間半でした。
それにしても、山頂でも登山者の行列ですし、東栗駒山にも登山者の列が続いて
おりました。 メンバーは2人です。

2012年10月8日月曜日

暑い初秋 遠く山深い癒しの大朝日を歩く







古寺駐車場前で
朝日連峰は、昨年鳥海山登山の後、いつものメンバーで話し合う中、ぜひ登りたい山として企画案をつくりました。そして講師に願い次年の調査も兼ねて、10月に小朝日を目指したのです。
その折りは残念ながら雨のため古寺山までの山行となりました。。
 今年の7月に今度はと日暮沢から竜門小屋へ登り、そこから大朝日岳、寒江山などを歩く
ことにして新たに講師に企画をお願いしました。ところが朝仙台駅を出発する直前天候悪化と推定中止となり、今年も朝日連峰行きは諦めなければならないかと考えておりました。
 それでも諦めきれず、今回は主峰大朝日岳を中心に1泊で登る企画を講師にお願いし、やっと実現しました。

 筆者個人としても、往時高校1年生のおり朝日連邦と並ぶ東北山地の雄とされる飯豊連峰を歩いたので、山歩きの目標に、ぜひ朝日連峰に登りたいと強い希望を抱いておりました。

 今回は、は午前中の天気が悪かったものの、午後から次の26日まで比較的好天に恵まれました。予定通りハードな行動の中にも心の癒し得ることが出来ました。
   
なるほど合体ののきか
古寺鉱泉朝陽館前で

一服後満足したメンバー
花抜峰分岐で

古寺山から小朝日岳
熊越付近から小朝日岳南の花崗岩の斜面
大朝日岳に向かって
水量の少ない銀玉水を汲む
銀玉水が流れる谷には雪渓が
コースは、一般的で、9月25日古寺鉱泉から登り、小朝日を迂回して大朝日岳に登り、避難小屋に泊まり、翌26日に小朝日岳、鳥原山、畑場峰を経由して戻るものです。
 その内容については、案内書や多くのブログやHPの記事があるので、記載は必要ないと思います。

 これまでの山の散歩とは異なり、今回の1泊荷物は17kgとなり行動はゆっくりとなりますし、足の筋肉ヒザに負担がかかりま す。それでも、この山行前に南と北の蔵王縦走をしてきたので、何とか歩けたようです。勿論所要時間は、標準より1時間半ほど多くかかっておりますが。その分朝日連邦の見事なブナやエゾオオマリンドウなどを鑑賞できたのですから言うことはないのです。
復元工事



大朝日小屋を目指して
気が付いたことは、今年の暑い小雨の夏と初秋の天候を反映して、湧水・清水の水量が少ないことです。予め予想して講師からは、水を持って行くように指示がありましたが、危険分散を考えると正解でした。25/26日は週末ではないのですが、この日の宿泊者は30人ほどあって、我々の宿泊は中二階(屋根裏)になりました。お陰で温かい場所で寒さはなかったのですが、睡眠をある程度とれる環境ではありませんでした。


やっと大朝日岳頂上にそろいました

 ところで北蔵王縦走時には他のパーティとは全く会いませんでしたが、さすが朝日です。何人かの方にお会いしました。ただ、殆どが日帰りの様で軽装で歩かれているようでした。
夜明け前の祝瓶山を望む
ご来光を拝む
大朝日山頂のご来光?


雑感:
 朝日連邦は、飯豊連邦と同じく隆起した花崗岩および花崗閃緑岩が発達する地域でおよそ7000万年前の形成と考えられているそうです。一般に「花崗岩の山体は、塊状で、山頂や山稜の幅が広く、小起伏面が保存されやすく、岩体内部の節理に支配された谷が発達しやすい」とされますが、正に朝日連邦の尾根に立つと実感されます。  それにしても印象は明るい山です。

 疑問が少しあります。朝日連峰は月山と異なり今は殆ど山岳の修験の痕跡が見あたりません。鎌倉時代には隆盛を見たそうですが、衰退したのは何故でしょうか。

コースタイム
9/25 午前小雨 午後晴れ
9:40古寺駐車場→  9:49:43 古寺鉱泉→ 10:05尾根取り付き→ 11:37一服清水着 昼食 

11:56発→ 12:13ハナヌキ分岐→ 13:23古寺山着 休み 13:48発→ 14:15小朝日迂回路分岐
→ 14:55熊越→ 15:51銀玉水着16:01発 →16:38大朝日小屋着
9/26 晴れ
5:06大朝日小屋発→ 5:21大朝日山頂着 5:32発→ 5:47大朝日小屋着 食事・身支度 7:00発→ 7:10石碑小ピーク→ 7:29銀玉水着 7:36発→ 8:15熊越着 8:24発→ 9:01小朝日岳着 9:15発→ 10:36鳥原山着 10:53発→ 11:19古寺鉱泉分岐→ 11:29:鳥原小屋着 11:56発→12:07古寺鉱泉分岐→ 13:17 畑場峰着 13:26発→14:28古寺駐車場

メンバー:9名(講師1名、他8名) 全員60代と思われます。

ルートのGPS軌跡